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【ふたりの距離の概算】解釈が個を生成する

ふたりの距離の概算(米澤穂信)

 年度が改まり、神山高校古典部は新入部員を迎える時期となった。しかし、特に何か活動をしているともいえない古典部は、アピールできる要素もなく、形式的に募集をかけているだけに過ぎない。だがそんな部活にも、声をかけてくる新入生がいた。それが大日向友子だ。




書評


評価:☆☆☆☆☆

 年度が改まり、神山高校古典部は新入部員を迎える時期となった。しかし、特に何か活動をしているともいえない古典部は、アピールできる要素もなく、形式的に募集をかけているだけに過ぎない。だがそんな部活にも、声をかけてくる新入生がいた。それが大日向友子だ。
 仮入部をして、伊原摩耶花や福部里志、千反田えるとそれぞれ友好的に関係を築いていたはずの大日向友子だったが、マラソン大会の前日に、本入部をやめると言って出て行ってしまった。

 その現場にいたのは、大日向友子と千反田える、そして折木奉太郎だ。しかし奉太郎は、本を読んでいてほとんど何も覚えていない。ただ分かっているのは、千反田えるが自分が彼女の心証を害することをして、退部に追い込んでしまったと思い込んでいることだけだ。
 だが奉太郎にはそれが納得できない。千反田えるが後輩を影で追い込むような陰険な人物だとは信じられないのだ。そこで彼は、マラソン大会の当日、クラス別に時間差で出発することを利用して、当事者たちに話を聞きながら、真相を解明しようとするのだった。

 タイトルにはいくつかの意味が込められていると思われ、文字通りの意味と抽象的な意味、そして皮肉がミックスされているように感じる。特に最後の点を指摘するならば、個人間の関係はともかく、多対多の関係としては、古典部はあまりにも表層的な関係しか築けていなかったのだろう。
 そもそも、同じ現象があったとしても、それから個人が受け取る意味は個人に依存するし、相手が何を考えているかを正しく察することはほぼできない。同じ言葉を発しても、それを善意とも悪意とも受け取る余地があるのは、受け手に善性と悪性が内包されているからなのだろう。


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